資産形成のゴールとは?
自分の子供の世代に資産をたくさん残すことをゴールにするかどうかは、人それぞれの価値観によるため、ここでは言及を控えます。私自身は、「自分やパートナー」が死ぬまでに困窮することなく楽しく過ごせる金額があれば十分、という考え方を持っています。
老後にいくらお金があれば十分か?
よく聞かれるテーマに「老後にいくらお金があれば十分か」という問いがあります。定年退職後は蓄えた資産を切り崩しながら年金と合わせて生活する、という考え方です。
しかし、この考え方をつきつめると、定年するまでの期間は極限までお金を使わず、収入は多ければ多いほど良いということになります。収入が多いほど早い年齢でリタイアできるからです。この論理で進めると、子供がたくさんいると目的に到達できない、リタイアするまでは旅行にも行かず趣味にお金をかけるのも控え、できる限りお金を使わない生活を続けることになりかねません。独身で、旅行に行かず、お金のかからない趣味(例えば家でゲームをするような)を選び、仕事は残業をいとわず土日もアルバイトをする生活が最適解になりますが、それが良いと思う人はあまり多くないでしょう。
そもそも、定年退職まで働き、定年退職以降は収入が途絶えるという古い考え方が、人生100年時代といわれる現代にまったく合っていません。定年退職という制度や概念が定着したのは1960年以降のことだそうです。現在はその考え方がほぼ崩壊しているので、たかだか60年くらいの期間限定の制度であったのでしょう。
死ぬまでブルシット・ジョブを続けるのか?
自分が給料を得ている仕事をブルシット・ジョブ(働く本人でさえその存在意義を説明できないほど、完璧に無意味で不必要、かつ社会にも貢献していない有償の仕事)と認識しているとしたら、労働は少しでも早く解放されたい苦役であり、死ぬまで続けるなんて考えたくもないとなるでしょう。
医師としての仕事にやりがいを感じるか、それともブルシット・ジョブのような仕事と感じるかは人それぞれだと思います。私自身はラーメン屋という仕事をしてみました。ラーメン屋をするまでは、医師の仕事をブルシット・ジョブのように感じていた時期もありましたが、ラーメン屋を経験することで、医師の仕事はつらくきつい面もあるが良い面もあると認識するようになりました。今は、生涯形を変えながらでも続けていこうと思っています。
完全リタイアではなく、精神的リタイアを目指す
自分がブルシット・ジョブと捉えるようなつらくきつい仕事は引退(もしくは週に数日くらいに制限)し、自分が楽しさを感じられる副業(給与以外の収入)は一生涯続ける。楽しいから続けられますし、自分の労働に依存しない不動産収入や株式の配当金を積み上げるのも良いと思います。
ある程度蓄えた資産を切り崩しながら副業収入を複数持ち、資産が減るのを抑える。副業が順調であれば旅行をしたりさまざまな趣味にお金を使えば良いですし、思ったほど副業収入がないなら、仕事は続けながら質素な生活から喜びを得るライフスタイルに移行するのも良いでしょう。