医師の残業代・無給医問題

医師の労働環境改善のためには労働時間の把握が必須

医師の残業時間について

 2024年度から勤務医に適用される残業時間の罰則つき上限について、一部の特定の医療機関に勤める医師(地域医療確保のために必要な医師)では年1900~2000時間の水準とする案を厚生労働省がまとめたことがわかった。

このニュースが公表された時に、「絶対に田舎の病院には行きたくない」という医師の声がたくさん聞かれました。私は、少し別の観点から疑問を感じました。「そもそも、地方病院で、それだけの残業代って支払えるの?」という疑問です。

医師の残業代がどのくらいになるのか、シミュレーションしてみましょう。
医師の月給は平均「84万9000円」というデータ(※)があるため、「月給85万円」として計算します。
※厚生労働省「2017年度賃金構造統計調査」

(例)月給85万円
月の残業100時間(うち深夜残業20時間)
一月平均所定労働時間170時間
※一月平均所定労働時間とは、病院によって決められている1ヶ月の平均労働時間のことです。一般的に170時間前後であることが多いです。
(85万円÷170時間)×1.25倍×通常の残業80時間=50万円(1ヶ月の深夜残業以外の残業代)
(85万円÷170時間)×1.5倍×深夜残業20時間=15万円(1ヶ月の深夜残業の残業代)
50万円+15万円=65万円(1ヶ月の残業代の合計)
となります。年間だと65万円×12ヶ月=780万円です(残業時間は、年間1200時間)

(注)法定時間を超えると25%の割増がつきます。このほか深夜(22時~5時)は25%の割増がつき、法定時間外でかつ深夜だと50%の割増になります。
医師一人が1200時間の残業をした場合に、年間約780万円の残業代を、正規の給料とは別に支給する必要があるのです。上記の月給は、あくまで平均値ですから、基本給が高い人だとさらに残業代は増加します。正直、(ただでさえ黒字化が困難な)地方の病院で、これだけの残業代を捻出するのは不可能ではないでしょうか?

今医療の現場で一番欠けているのは労働時間の正確な把握と正当な残業代の支給

私が、今の医療の現場で一番問題だと思っているのは、「医師の正確な労働時間を(おそらく意図的に)病院側が把握できていないこと」それと「残業時間に対して、正当な残業代を支払っていないこと」の二点です。過去に友人の医師達からきいた話では、入職時に「各科の部長から、当院では、医師の残業代の上限は毎月○時間まで。それ以上は働いたとしても申請したらダメ」というような暗黙のルールを伝えられるという話をきいたことがあります。もっとひどい病院だと、残業代は、一律1時間1000円みたいな(労働基準法を完全に無視した)ローカルルールを適応していた病院もあるそうです。残業代については、会社や病院が、勝手にローカルルールを作ることは法律で認められておらず、上述したような労働基準法に則った形で計算しないといけないのです。
過去5年ほどの間に、全国の病院に労働基準監督署の指導が入るようになり、電子カルテのログを検索することで、医師の残業時間を正確に把握して、残業代未払いがある場合には、過去にさかのぼって支払うように指導がなされているようです。今後は労働基準法を無視して、不正行為をする病院は減っていくと思われます(興味あるかたは、下の関連記事をご参照ください)。

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医師の労働時間を正確に把握して、正当な残業代を支払うことで、労働環境は改善される

医師の労働時間を正確に把握して、正当な残業代を支払うとします。残業代は、上述のとおり、25%〜50%の割増になりますから、普通に考えたら、「残業している医師が定時に帰れるようにメディカルクラークを増やそう」という話になります。ただでさえ労働単価の高い医師が、残業することで、労働単価が25%〜50%の割増になるのですから、クラークさんを増やすほうが合理的です。最近では、収益の上がっている企業ほど、残業時間を減らしたり、週4日勤務(しっかり休みをとらせて、生産性の高い状態で働いてもらう)にシフトしています。経済合理的に考えたら、疲れた頭と体で、非効率的に働き、さらに残業代を上乗せすることには、デメリットしかないからです。
しかし、医師にサービス残業(無給医問題にもつながります)をしてもらうことが常態化してしまっているとしたら、新しいクラークさんを雇うインセンティブがはたらかなくなってしまいますね。

まとめ

まずすべきことは、医師の労働時間(残業時間)を正確に把握して、正当な残業代を支払うことです。そうすると、「この(非効率的な)残業代を減らすためには、どのような対策をうつ必要があるのか?」という本来なすべき議論につながるからです。

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