俺の屍を越えてゆけ(日記)

有料な情報にこそ価値がある

整形外科医のブログで有料コンテンツが販売されています。
私は、いくつかのコンテンツを購入して、すみからすみまで読みましたが、はっきりいって、「これだけの情報を、こんなに安く公開していいの?」といつも感じています。私は、本音の話しかしないので、ステマでもなんでもありません。
時々、「本って高くて買えない」という話を聞くことがありますが、本ほど安いものはありません。実際に本を書こうとすると、めちゃくちゃ時間がかかります。自分が10年くらいかけてみいだした奥義を、1冊の本で販売した場合、読者は2000円かからずに、その奥義を共有することができます。

私が、有用な情報は、基本有料と考える根拠をいくつか述べてみます。

本当に有用な情報は、クローズドなコミュニティーで共有されている

これは、オンラインサロンのオフ会に参加しているときに、いつも感じる印象です。そもそも、ブログを書く人は圧倒的少数派です。オフ会に参加すると、「え?そんなやり方があるのですか?」という貴重な情報が飛び交います。私のようにブログを書くものとしたら、「そんなに有用な情報なら、ブログに書いてくださいよ!」と思うのですが(笑)
ここで言いたいことは、有用な情報は、自分のビジネスパートナーや、自分とマネーリテラシーが近い人など、ごくごく一部のコミュニティーに属する人にしか話さないということです。医師の中には、経済的自由に到達した人がたくさんいますが、医局で「経済的自由に到達する方法」をレクチャーしている人は皆無でしょう。経済的に成功した人は、成功した経営者たちとコミュニティーを形成しており、そこでかわされる情報は、完全にクローズドな情報です。

書籍には有用な情報があふれている

そんな有用な情報が、ときに我々の目にふれる場所に出現します。それが本です。現代においても、「本を出版する」というのは、著者のブランドを築くことにかけて、かなり投資価値の高い行為です。そして、発売するからには、売れてもらわないと、絶版になってしまいます。ですから、著者は、全力で自分の持つ情報を本にのせます。しかも、表現がわかりにくかったり、再現性が無いと、これまた売れませんから、わかりやすく、できるだけ再現性をもたせるようなロジックを展開します。kindleなどで、個人が販売している電子書籍と、紙の本では、まだまだ情報の濃さに関しては大きな差があると感じています。

情報にお金をかけない人がおちいる罠

私は、「有用な情報にはお金を払う」ということを、ポリシーにしています。
情報にお金をかけるのはもったいない。できれば有用な情報を無料で手に入れたいという思考には、いくつかの罠が潜んでいます。

情報にお金をかけないことで、無駄金を支払うはめになる

5000万円のマイホームを購入する際に、「情報にお金をかけるのはもったいない」と考えていたとします。セールスマンが人柄のよい人で、いろいろな情報をタダで教えてくれたとします。その情報を元にして、5000万円の不動産を買うというのは、本当に得なのでしょうか?不動産セールスマンは、不動産を売るプロです。高額な不動産を売るためのスキルをみがいています。あなたの前で話す、タダの情報は、すべてセールストークです。そんなプロに対して、本を1冊も読まずに対峙したら、負けるに決まっています。5000万円の不動産価格のたった1%でも、50万円。僕なら、本当に不動産を購入するのなら、不動産価格の少なくとも2~3%の価格(5000万円なら、100〜150万円)は、有料の情報を得るために使うと思います。不動産のリテラシーが高い人に、有料コンサルを持ちかけることも考えるでしょう。

無料セミナーの罠

時々無料セミナーを見かけることがあります。資産形成、不動産売買に関する無料セミナーに、私は基本参加しません。それは、「そのセミナーは、なぜ無料なのだろう?どうやってマネタイズしているのだろう」とセミナー主催者の視点にたつと理解できます。セミナーを開催するには、会場費、講師の交通費や謝礼、セミナー主催者の人件費もかかります。親切な善人が、自分でお金を使って、困っている人々に無料でセミナーを開催してくれる可能性は皆無だと思います。つまり、「無料セミナーは、あとで何らかの形で、お金を回収する見込みがある」と考えるべきです。
無料セミナーに集まる人は、「有用な情報を無料で手に入れたい。」、「お金をかけずに自分だけ得をしたい」というマインドを持った人が多いと思います。そういった人は、高額商品を販売する人にとってカモになりやすいです。無料セミナーに集まった人達のリスト(名前、職業、住所、メールアドレス)には、それなりの価値がでるはずです。その人達に、「絶対儲かります」、「苦労せずに不労所得」といった(詐欺)商品を売りつけることも可能でしょう。