医師の残業代・無給医問題

医師の残業について

無給医・残業代未払い問題について

医師の労働環境悪化や無給医問題に注目が集まっており、NHKなどのTV番組でとりあげられる機会が少しずつ増えていますね。残業代の未払いは、使用者が労働者に対して負う賃金支払い義務を怠る行為であり、民事上の責任が生じることは当然ですが、悪質な場合には刑事上の責任も生じ得る行為です。
厚生労働省によると、平成24年度の労働に関する相談件数は、106万件以上あると報告されています。さらに、助言・指導を申し出た件数も1万件を超えています。このように残業代未払い問題は年々増加傾向にあり、深刻な社会問題となっています。

大学病院無給医の現状について医師が無給で働く?というのは非常に違和感のあるフレーズだと思います。ですが、大学病院では、特別珍しいものではありません。今回は、大学病院...

権利の上に眠る者を諸法は救済しない

日本は法治国家です。法律について詳しく知っておくことは、自分や家族の身を護るためにも重要なことです。
「諸法は油断のない人を救済するが、眠れる人を救済しない。」という中世ローマ法の法諺があります。日本では、末弘巌太郎、我妻榮の時代から消滅時効に関して「権利の上に眠る者を救済しない」と言い習わされてきました。いずれにしても「私法」における法諺ではありますが、法律は、眠れるものを救済しないということは、法治国家における重要なルールなので、忘れてはなりません。逆に言えば、法律というルールに則って行動する限り、その行動に対して、怒声を浴びようが、暴力で脅されようが、法律が私達の身を守ってくれているのです。

医師の残業と応召義務について

医師法で以下のように定められた「応召義務」があります。

「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」(医師法19条)

医師は、基本的に患者の診察要求は断ることができないため、要求に応じているうちに残業が続いてしまいます。これが、医師の長時間残業の一つの原因となっています。

医師は労働契約に基づく労働者

勤務医や研修医は、労働契約に基づく労働者です

労働契約とは?
労働契約法 第6条
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

労働契約とは、当事者の一方(労働者)が相手方(使用者)に使用されて労働し、相手方(使用者)がこれに対して賃金を支払うことについて、当事者(労働者及び使用者)が合意することによって成立する契約のことをいいます(労働契約法6条)。労働契約が成立すると、労働者は使用者に対して労働を提供する義務を負い、他方、使用者は労働者に対して賃金を支払う義務を負うことになります。

したがって、労働基準法が適用され、時間外労働などをすれば、それらに対する割増賃金(残業代・深夜手当・休日手当)が発生します。

もしこれら残業代などの割増賃金が未払いであれば,他の労働者と同様,医師も,病院などの使用者に対して,未払い残業代等を請求することができます。

労働基準法上の残業時間のルール

まずは、残業の基本的なルールから確認しましょう。残業とは、法定労働時間を超えて働いた時間のことです。法定労働時間とは、法律で定められた「1日8時間・週40時間」のことで、これを超えた労働が「残業」になります。つまり、以下のどちらか一方でも超えて働いた時間が残業です。 

・1日8時間を超えた労働時間
・週40時間を超えた労働時間

労働時間としてカウントできるのは、「使用者の指揮命令下に置かれている」時間です

残業代に関する基礎知識:割増賃金とは?

賃金には、「割増賃金」というものがあります。割増賃金とは、通常の賃金に一定の割合で金額を割増した賃金のことです。割増賃金には、時間外労働に対する割増賃金(残業代)・休日労働に対する割増賃金(休日手当)・深夜労働に対する割増賃金(深夜手当)があります。

具体的にいえば、使用者は、労働者を法定の労働時間外、午後10時から午前5時までの深夜時間帯、または法定休日に労働させた場合、所定の賃金に一定割合上乗せした賃金を支払わなければならないとされています。この上乗せされた賃金が「割増賃金」です。

残業代は、時間外労働に対して支払われる割増賃金です。労基法上、労働時間は1日8時間・1週40時間と定められています。これを超える労働は時間外労働となり、基礎賃金の25パーセント増し以上の賃金(残業代)を支払わなければならないとされています。

休日手当は、休日労働に対して支払われる割増賃金です。労基法上、週に1回又は4週に4回以上の休日(法定休日)を与えなければならないと定められています。この法定休日における労働は休日労働となり、基礎賃金の35パーセント増し以上の賃金(休日手当)を支払わなければならないとされています。

深夜手当は、深夜労働に対して支払われる割増賃金です。労基法上、午後10時から翌午前5時までの時間帯は深夜時間帯とされており、この深夜時間帯における労働は深夜労働となります。これに対しては、基礎賃金の25パーセント増し以上の賃金(深夜手当)を支払わなければならないとされています。

実労働時間(残業時間等)の立証

最も重要なことは、実際の残業時間など実労働時間を主張・立証することです。残業時間等の立証ためには、タイムカードや業務日報などの実労働時間を記録している書類や証拠が必要となってきます。
タイムカードが無い場合には、実際にある時刻において業務を行っていたことを立証するために、時刻の記載のある業務記録・医療記録・カルテ等、病院への入退室記録、パソコンの起動・終了のログデータ等を証拠とすることもあり得ます。

管理監督者に対しては残業代は発生しない?

医師の未払い残業代等請求においては、「管理監督者」であるかどうかが問題となることがあります。管理監督者に該当する場合には、残業代等は発生しないということになります(なお、管理監督者であっても、深夜割増賃金は発生します)。

たしかに、医師は、医療行為をするに当たって、他の医師や看護師などに指示・命令を出し、その行為を管理監督するということがあり得ます。しかし、労働基準法41条2号が規定する残業代等が支払われない管理監督者とは、上記のような個々の医療行為等を管理監督する者という意味ではありません。

労基法上の管理監督者というためには、少なくとも、人事労務の指揮監督権限があること、自己の労働時間をコントロールする権限が与えられていること、一般の労働者よりも高い待遇を受けていること等が必要と解されています。

したがって、たとえ医療行為においては指揮監督権限があったとしても、病院の経営に関わる人事労務の指揮監督権限がなければ管理監督者とはいえません。出勤時間が決められていれば、労働時間を自分でコントロールできるとはいえませんし、看護師等よりも給与が高額であっても、他の医師と比べれば同程度であるというのでは、高い待遇を得ているともいえませんから、これらの場合もやはり管理監督者には当たらないといえるでしょう。

実際問題として、研修医の方については管理監督者とされることは考えられませんし、勤務医の場合であっても、病院経営に深く参画し重要なポストに就いているというような場合を除いて、やはり管理監督者と認定されることは少ないでしょう。

医師は高度の専門職であり、裁量労働制が適応されるのか?

医師は高度の専門職であり、しかも国家資格のない者が代わりにその職務を行うことができません。そのため、医師には「専門業種型の裁量労働制」が適用され、残業代などは発生しないのではないかという疑問が生じます。たしかに、専門業種型の裁量労働制が適用されるのであれば、残業代などは発生しないことになります。

専門業務裁量労働制とは?
専門業務裁量労働制とは、業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものについて、その労働者の労働時間を、あらかじめ労使協定によって定められた労働時間であるとみなすという制度です(労働基準法38条の2第1項)。

専門業務型裁量労働制の要件は非常に厳格なものとなっています。具体的には、以下の要件が必要とされています。

専門業務型裁量労働制の要件
・業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務(対象業務)であること
・当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定(労使協定)をしたこと
・労使協定に,労働基準法38条の3第1項各号の事項を定めたこと
・専門業務型裁量労働制を採用する旨を就業規則または労働協約に定めたこと

これらの要件を満たすのは、実は使用者にとってなかなかハードルが高いといえます。そのため、実際には、専門業種型裁量労働制を導入するのは難しく、導入している形を取っている場合も、実際には要件を満たしておらず無効ということが少なくないのです。専門業種型裁量労働制の対象となる業種は,法令によって限定されています。この限定業種の中に,医師は含まれていません。つまり,医師に裁量労働制が適用されることは法律上あり得ないということです。したがって,医師の未払い残業代等請求において,裁量労働制が問題となることはないのです。

当直・宿直・日直勤務は残業になるのか?

当直・宿直・日直という用語は非常にさまざまな意味として用いられていますが、一般的に、「当直」とは、所定労働時間外に通常労働とは異なる業務・作業を行う勤務形態のことをいい、そのうち日中に行う当直を「日直」、宿泊を伴って行う当直を「宿直」と呼んでいます。この当直・宿直・日直勤務時間についても残業代等が発生するのかどうかが問題になります。

労働者が自主的に当直・宿直・日直勤務をすることは考えられません。当直・宿直・日直勤務時間は、使用者の指揮命令下にあることは自明ですから、当直中に通常の労働をした場合であれば、その作業時間は実労働時間となり、それについて通常賃金や残業代等の割増賃金が発生することは当然でしょう。

医師の宅直・オンコールについて

宅直やオンコール当番では、基本的には事業場(病院)にはおらず、使用者の直接の支配下でなく、プライベートな場所または自由のある場所で待機をしていることになります。

宅直・オンコール当番も、呼び出しに備えて待機を求められている以上、まったくの自由時間ではありませんが、とはいえ、ある程度の自由が認められる状況で待機しているのですから、宿直に比べても拘束力は弱いといえます。そこで、宅直やオンコール当番勤務に対して残業代等が支払われるべきなのかが大きな問題となってくるのです。

医師の宅直・オンコール当番勤務時間に対して残業代等が支払われるのかどうかは、その時間が「労働時間」といえるのかどうかにかかっています。労働時間に該当しないならば、賃金は発生しないからです。つまり,労働契約や就業規則等の定めに関わらず、客観的に「使用者の指揮命令下に置かれている時間」が労働時間であるということです。

病院から、○月○日の夜間は、自宅に待機してください。病院で何か急変があったら、必ず病院に来て対応してくださいと言われていたとしたら、使用者の指揮命令下に置かれている時間と言えるかもしれません。しかし、オンコールというのは、基本的には、「現場の医師たちが、当直医を助けるために、自主的に待機してお互いに助け合っている」というていを保っているため、労働時間としての認定は難しいかもしれません。

残業代未払いについては、下記のサイトが非常に良くまとまっていて、読みやすいです。是非参考にしてみてください。

外部リンク:医師による未払い残業代請求