空飛ぶロボットは黒猫の夢を見るか?(日記)

天才によるジェノサイド

中途半端な希望は叶うことはない

勤務医とは、とにかく自由にならない生き物です。最初は社会的使命に燃えていた研修医も、3年も経つ頃には患者からの感謝などという実態のないものが、もはや自分を駆動しないことを学び始めます。そんな時に決まって口にすることが「働きの割には給料が安い。」「給料が上がらないのなら、せめてもっとマシな働き方をしたい。」というものです。
この願いは、ほとんどの場合どちらも叶うことはありません。なぜならば、経営者にとって「医師の労働条件は妥当であり賃金も適正である」と考えられているからです。通常のやり方ではその前提が覆ることはないでしょう。もし叶うとすれば既存のルールとは異なる概念で「手にする金銭が多く、快適な働き方」を獲得するというものになるはずです。そんな都合のいい話があるのでしょうか?あるにはあります。邪道の極みではありますが。

医師は経営者からどう見えているか?

ここで自分の働き方を最大限に効率化すると言う話をする前に、医者の給料の本質といったものを考えなければいけないと思います。お医者さんの従業員としての給料がなぜ上がらないのかを考えてみましょう。
大抵は「こんなに働いてるのに、これしか給料がもらえない」と主観的な労働投資との差について愚痴をこぼしますが、まず要求する前に自分がどの程度の収益を上げるユニットなのかと言うのを計算してみましょう。
自分の収益性と言うのは電カルを見れば全てわかります。外来でどのくらいの患者を見たか、どのくらいの検査をオーダーしたか、一目瞭然です。紙に書き出してみましょう。入院日数、在院日数、処置、手術を書きましょう。あなたの病院は出来高ですか?DPC?係数は?これは開示情報です。調べればわかります。この数字に緑本に収載されている点数を当てはめていくと、あなたが稼いだ金額と言うのは、ほぼ正確に出てきます。検査や手術で使用する機材の召喚価格差もバカになりません。ザックリ8掛け程度で概算できます。余談ですが、この「調べればわかる」というのが医業のシンプルなところです。以前もどこかで述べたかもしれませんが、医業はビジネスモデルにクローズなものがないというのが他業種との大きな違いです。頭の良くない経営者は「誰がどのくらい稼いでいるかなどの数字は経営情報だから、末端の従業員には開示しない」みたいなことを言いますが、「経営情報」と言って見たかっただけです。学会の役員がアジェンダアジェンダ言ってるのと変わりません。

ともあれ、この数字を1ヵ月分で良いですから、まず把握してみることを強くお勧めします。自分がどのぐらいの収益性を持ったユニットなのかと言うのことが手に取るようにわかるでしょう。

一般的に言われている事ですが、外科系であれば医者を1人雇うことでおよそ1億円程度の収益を上げなければいけません。それにかなう働きをしているのかどうかということを考えてみましょう。あなたが純益ベース(売上ではなく)で年間1億に届かないと言うことであれば、経営者はあなたを収益の高いユニットとはみなしていません。ちなみに、繁盛している外科系の50床病院であれば、エースは売り上げベースで10億稼ぐ人も珍しくありません。

「医療はチーム」だったらなんだというのか

あなたが主観的にがんばっている、と言うのは経営者にとってあまり意味がありません。極めて遺憾ではありますが、保険点数にダイレクトに反映しないパラメータは評価する基準が存在しないのです。あなたがどれだけ当直をしてるのか、あなたがどれだけ長い時間病院にいるのか、こういったパラメーターはお金に換算することができませんので経営者としては評価のしようがないというのが現状です。ですから、極めて不遜な言い方になるかもしれませんが、たとえば若い研修医が、自分がキャッシュポイントになっていない現状で「私たちの働き方を改善しろ」と要求するのが何なのか、経営者は本質的に理解しかねています。医療はチームで、誰がかけても機能しません。あなたは重要な仕事をしています。それは経営者もわかっています。ですが「最終的にストライカーが点を取らないと勝てない。あなたはストライカーでは無いですよね?あなたにはいてもらわないと困ります。その通りですよ。でも、うちのチームではストライカー以外の待遇はこうこうこんな感じなんです。」という価値観が適応されます。研修医のことは「万能に使える看護師+α」位にしか思っていません。看板を背負えるくらいになったらまたおいで、という塩梅です。

研修医の不遇な環境はさておいて、経営者が認める「収益性の高いユニット」の給料を上げる事は可能なのでしょうか?

結論から言えば出来ません。
公務員については言うに及びませんが、民間病院においてなぜ医者の給料が上がらないかといえば、現在の労使契約では医者をクビにすることができないからです。一度上げた給料を下げることはできません。従って給料と言うものは、一律に最低限にとどめるしかないというのが給料を払う側の理屈です。実は、働きに応じて給料を上げ下げできる契約というのは、本当は経営者のほうが強く望んでいる形態です。得点力の高いユニットのモチベーションを最大限に引き出し、双方のウィンウィンが実現するからです。その上で得点力のないユニットの報酬を減らし、働くとこの出来ないユニットとは契約を更新しないという形になります。ここまで書けば直感的に理解できるでしょう。「頑張った分金をよこせ」という形式とは、プロ野球選手のそれです。年末の風物詩、戦力外通告とトライアウト、これのリスクを負いながら働きたい、と言っていることと変わりません。医療はチームだというおためごかしが、いかに幼稚な理屈か実感できたでしょうか。チームだからなんなのか。野球もチームです。どのポジションが欠けても成立しません。ですから「欠くことができない」という価値を正しく評価し、エースの1/100の給料です、と言い放つのです。

天才によるジェノサイド

術場のナースの愚痴に多いものが、何々の手術に入れる人間が入れない人間と同じ扱いなのはおかしい、なになにの資格を持っているのに、などというものです。彼女らは、その一芸で自分以外のナースを駆逐しユニークな人材として経営者と契約できるなどと本気で思っているのでしょうか?ユニークスキルとは、所有する資格や技能などではありません。「その人間である」というだけで価値を持つという圧倒的な価値観が無ければどんな優位性も語ることはできないでしょう。もしあなたが10人の同級生の中で3番くらいの実力を持っていると仮定しましょう。自由競争のインセンティブになった途端に、トップの2人の年収は4億になり、あなたの年収は半以下になります。5番目位であれば1/4程度まで落ち込むと覚悟しましょう。

働きに応じて給料が「上がる」システムとは、給料を一方的に「下げる」権利を経営者に持たせることができるシステムであると理解しましょう。そしてそれはあなたではなく、経営者が喉から手が出るほど導入したいシステムです。そうさせないことで、大多数の労働者の立場を守るために現在のシステムがあります。わたしたち「普通の人」は「天才によるジェノサイド」からシステムに守られているのです。

経営者からもぎ取れる果実とは?

しかし、ここで私は「経営者に対して何も要求することができない」と言いたいわけではありません。経営者に認めさせて「あなたが持って帰れる利益」は現在のシステムの中にも存在します。先に「あなたが頑張っているというパラメーターはお金に換算することができないので、経営者としては評価のしようがない」と記述しました。すなわち金に換算さえしなければ「不明確な形であなたの頑張りを交渉の材料にする」ことができるということを意味します。何を言っているかわからないでしょうか?あるいは、何か得体のしれない事を言っている、と感じるでしょうか?まずはあなたが交渉すべき経営者には、後者の印象を持たせる程度の迫力を手に入れてください。交渉事とは、具体的な交渉に移るまえに趨勢は決します。
ここでもぎ取るべきあなたの利益はいろいろあります、というよりも、金銭以外のほぼすべてのものは、このメソッドで手に入れることができます。
簡単な例を挙げれば、インセンティブの要求です。貢献に対して何らかの特例的振る舞いを認めさせるということです。これは交渉ですのでマニュアルはありません。繰り返して上手になるしかありません。ただし基本事項としては「これだけのことをやっているのだから価値を認めてこれをくれ」という交渉は愚策です。すでに作られた価値に新しいインセンティブは発生しません。その価値はあなたが作り、すでに相手に渡してしまいました。ですから、これからあなたが発生させる価値を担保にインセンティブを持ち掛けます。過去の実績を用いて実現可能性を主張し、この価値を継続ないしは大きくすることで共有できる利益を示し、この利益を両者が効率よく得られるためのインセンティブを物品、人材、裁量、時間の形でもぎ取っていきます。

大事なことを二つ。

このインセンティブは最初は大きなものでは無いでしょう。ですから他の人間の目には「何か余計なことをやっているな」程度に写っています。しかし、実績とともにこのインセンティブがある程度のインパクトを持ち始めると、他人はあなたが不当に優遇されていると訴えるようになります。その時に、経営者はその人間たちに説明をする責任が生じます。その際に、経営者は皆に説明してまであなたとのインセンティブ関係を維持したい、と思わなければ即座に契約は一方的に解消されてしまいます。ですからこのインセンティブが開示されたときに、他人が「むしろ同じことをやれと言われたら困る」と思える程度の属人性や超越性を目指しましょう。それにより他人が彼ら自身に課すルールが変わります。最初のルールは「あいつを自分と同じところに引きずりおろそう」ですが、相手を下げることはできず、自分が相手と同じ高さまで上がらないと戦えないことがわかると「騒ぎ立てないことで、自分の現状を守ろう」というものに変化してきます。このステージになると、あなたがインセンティブを確保する行動は、あなた、経営者、他人の三者すべての利益となり、それに異を唱える同機を失います。

もう一つは、今更ですが、他人に理解できるようなインセンティブには制限がかかります。経営者も大したものは提供したくないのです。したがって与えられたインセンティブをストレートに回収しても大したものは得られません。ですから、与えられたインセンティブは形を変えて自分に都合の良いものに作り替えていく工夫が必要になります。スポンサーから得た機材でサイドビジネスの準備をしたり、与えられた人材をインセンティブの強化に再登用したり、一件何が起こっているのかわからない程度のアクセントを加えて与えられたもの以上のメリットを回収しましょう。

束ねたインセンティブでどこまでも行きましょう

インセンティブの究極とは、時間の創造です。医師にとって最大の資産とは自由な時間であるということを再認識しましょう。すべてのインセンティブは時間に向かって集約させるべきです。病院が最もコントロールしにくい医師の価値感は「社会資産としての医師」です。病院の職員という枠を超えて社会的な活動を行う医師というものを、もはや病院はコントロールする権利を持ちえません。小さなインセンティブを束ねて、自分自身を社会資産に変えてしまいましょう。単純な常勤医における必要出勤数というものは週3.5日という規定が存在しますが、社会的要求により行われる業務委託契約によりこの枠を超えて常勤医は活動を行うことができます。そのような状態になってもなおあなたが病院に求められる場合には、究極的には非常勤契約として常勤時よりも大きな報酬で短時間勤務を行うことも可能です。その場合はたいてい顧問契約などの形をとり通常の労使契約とは違った物になっていきます。医師とての価値の向こうには、労働者以外の形が存在します。極めて難易度の高い生き方ではありますが、目指す価値は十分にあるものです。