空飛ぶロボットは黒猫の夢を見るか?(日記)

労働者とは、すなわち乾電池である。

フランケン
フランケン
博士。文章書いたぞ。
博士
博士
なんか最近、文章上手になってるなあ。まるで人間の文章みたいだな。

労働者はビジネスユニットを回すための乾電池

企業にとって、労働者とは電池にすぎない。基本的に企業では仕事というものが「ユニット」としてすでに出来上がっており、そのユニットを動かすための「電力」を必要としている。企業の世界にコンセントはなく、全て「乾電池」で動いている。一本一本の乾電池が労働者にあたる。正確に言えば、充電式乾電池だ。
企業はユニットに乾電池をセットしてビジネスモデルを稼働する。そして企業利益を得ている。夜になると電圧は空っぽになっている。企業は乾電池を取り外して家に戻す。「明日までに満充電にしておけよ」と言って手に「小銭」を握らせる。この小銭が「給与」だ。この話は深い。おそらくこれだけで一冊本が書けるほど深い。というより、マルクスの資本論は「こんな人生やってらんねぇよな、みんな!なら革命だ!」という本だった。失敗したけど。

電池は規格に沿った品質がないと困る

そんなわけで、企業が欲しい乾電池とは、安全で耐久性のある電池だ。ここでいう安全とは、予想できない動作をしない、という意味だ。暴発はもちろんのこと、電圧にムラがあったり、液漏れしてユニットを汚損したりすることは許容できない。耐久性とは環境負荷に対する安定性のことだ。規格が合っていればどのユニットに入れても規格通りの電圧を出力する。屋外、水中、高音という環境で動作する。対応年数が長く途中で壊れない。そして最も大事なことは、毎日持たせる小銭で満充電されてくる。そういう電池だ。

学歴とはわかりやすい品質保証マーク

乾電池を採用する企業は使いやすさで選びたいのだから、いうことを黙って聞く人間から頑丈そうなやつを上から拾っていけばいいと思っている。この「いうことを黙って聞く従順さ」の品質保証が、すなわち学歴だ。この国の受験競争は良く出来ていて、疑問を抱かず課程を消化するだけで偏差値60くらいは確実に取れるように出来ていて、ある程度の攻略法を見つけることができると65程度、その上で他のことを全て犠牲にすると70くらいになるように出来ている。良い大学の学生は、その下の大学の学生より均一に勤勉で従順な人生を送ってきた。「学歴なんて社会に出たら何の意味もない!」なんて豪語するどこかの経営者も、「社会に出る前には意味があるんだよね、エヘヘ」と言いながら高学歴ばっかり採用している。
だから学歴は大事だった。それはそのまま社会人として動かすことのできるビジネスのサイズを決定するレバレッジとして作用するからだ。ビジネスにおけるドレスコードだ。ネクタイが何の機能も果たさないことは明白だが、ノーネクタイでは入れない店がある事に客が文句をつけたって始まらない。

医学部という最高品質マークがもたらすもの

さて学歴は品質保証マークだとして、理系の最高峰たる医学部の人生はさぞやバラ色なのでしょう。と、思ったらそうでもないのは周知の事実だ。確かにサラリーマンの年収としては平均値が高い。しかし、それだけだった。経済全体の中で、特別な存在かというとそんなことはない。
なぜか。
医学部という高学歴が保証しているのは乾電池としての品質だからだ。この品質保証マークに頼って生きている限りは勤務医としての放電人生まっしぐらである。それが嫌ならば、電池以外の価値を獲得しなければならない。

品質保証マークに頼らないブランディングをしよう

実は、医師はその特性上、乾電池生活を抜け出すためのキャリア形成が一般企業よりも容易だ。問題はそこに気が付けるかどうかだ。それができれば医療業界とその周辺でビジネスをデザインする階層に新しいビジネスを提案して己の価値を認めさせることができる。価値は金に変換することができる。それがビジネスの基本であり全てだ。